市長申し立ての意義と根拠


○ 前節の(1)法定後見制度の概要でみたように、成年後見制度における申立権者は、本人、

 配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、後見人、後見監督人、保佐人、 

 保佐監督人、補助人、補助監督人、検察官(民法第7 条)、任意後見受任者、任意後見人、任

 意後見監督人(任意後見契約に関する法律第10 条第2 項)とされている。
○ しかし、65 歳以上の者(65 歳未満の者で特に必要があると認められるものを含む)、

 知的障がい者、精神障がい者について、その福祉を図るために特に必要があると認めるとき

 は、市町村長は後見開始の審判等の請求ができると規定された(老人福祉法第32 条、

 知的障害者福祉法第28 条、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第51 条の11 の2)。
○「その福祉を図るために特に必要があると認めるとき」については次のように解される。

 市町村長申立権の根拠である老人福祉法等の 「その福祉を図るために特に必要があると

 認めるとき」 との規定は、本人の意思能力や家族の有無、生活状況、資産等から判断して、

 特に申立ての必要性がある場合に市町村長の申立権を認めたものと解される。したがって、

 不動産の処分など財産管理の問題であって、一見福祉的分野とは言いがたいニーズとみえる

 場合においても、 親族等による申立が期待できない状況のなかでは、本人の保護を図る

 ために必要である場合には積極的に市町村長申立てを利用すべきであると思われる。

 なお、平成25年6月25日の東京高裁裁判※では、区長申立てに対して、本人と同居の子が

 「その福祉を図るために特に必要があるとき」の要件を満たしていない等の抗告を行った

 事案について、東京高裁は「子による介護状況は極めて不適切であるとの評価を免れないもの

 であるから、本人の保護の必要性が高い状態であったということができる。それにも

 かかわらず、抗告人(子)において、本人について成年後見開始等の審判を申し立てること

 は、期待できない状況である。」と、区長申立てが適法であったことを認めた。
※「判例タイムズNo.1392(2013.11)」P218 ー221 参照
対象事件:東京高裁平25(ラ)第693 号 事件名:後見開始審判に対する抗告申立事件
年月日等:平25.6.25 第12 民事部決定

Q1

市町村長は、どういった場合に、法定後見の開始の審判等の請求をどの法律に基づいて行うことが想定されるのか。

○老人福祉法第32 条にいう「その福祉を図るために特に必要がある認めるとき」とは、本人に

 4親等内の親族がなかったり、これらの親族があっても音信不通の状況にあるなどの事情に

 より、親族等による法定後見の開始の審判等の請求を行うことが期待できず、市町村長が本人

 の保護を図るために審判の請求を行うことが必要な状況にある場合をいい、こうした状況に

 ある者について、介護保険サービスその他の高齢者福祉サービスの利用やそれに付随する

 財産の管理など日常生活上の支援が必要と判断される場合について、審判の請求を行うか否か

 を検討することになるものと考えられる。

 

○平成17 年7 月29 日障障発第0729001 号、障精発第0729001 号、老計発第0729001 号通知  

 「「民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律による

 老人福祉法、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律及び知的障害者福祉法の一部改正に

 ついて」の一部改正について」により、2 親等以内の親族の有無を確認すればよい。


○平成20 年3 月28 日 各都道府県・障害福祉主管課長宛厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部

 障害福祉課事務連絡(改正後)身寄りの有無や、市町村長申立事例に限らず、障害福祉

 サービスを利用し又は利用しようとする重度の知的障害者または精神障害者であり、後見人等

 の報酬等、必要となる経費の一部について、助成を受けなければ成年後見制度の利用が困難で

 あると認められる者

 

 

老人福祉法(昭和38 年7 月11 日法律第133 号)(抄)
(審判の請求)
第32 条 市町村長は、65 歳以上の者につき、その福祉を図るために特に必要があると認めるときは、民法第7条、第11 条、第13 条第2 項、第15 条第1 項、第17 条第1 項、第876 条の4第1項又は第876 条の9第1 項に規定する審判の請求をすることができる。
*ただし、以下の規定があるため、65 歳未満の者で特に必要があると認められるものが含まれる。
(福祉の措置の実施者)
第5 条の4 65 歳以上の者(65 歳未満の者であつて特に必要があると認められるものを含む。
以下同じ。)又はその者を現に養護する者(以下「養護者」という。)に対する第十条の四及び第十一条の規定による福祉の措置は、-以下略-。


知的障害者福祉法(昭和35 年3 月31 日法律第37 号) (抄)
(審判の請求)
第28 条 市町村長は、知的障害者につき、その福祉を図るために特に必要があると認めるときは、民法第7条、第11 条、第13 条第2 項、第15 条第1 項、第17 条第1 項、第876 条の4第1項又は第876 条の9第1 項に規定する審判の請求をすることができる。


精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25 年5 月1 日法律第123 号)(抄)
(審判の請求)
第51 条の11 の2 市町村長は、精神障害者につき、その福祉を図るために特に必要があると認めるときは、民法第7条、第11 条、第13 条第2 項、第15 条第1 項、第17 条第1 項、第876条の4第1項又は第876 条の9第1 項に規定する審判の請求をすることができる。

 

 

市町村長が、老人福祉法、知的障害者福祉法及び精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の規定により、請求を行うことができる審判
① 後見開始の審判(民法第7 条)
② 保佐開始の審判(民法の第1 1 条)
③ 保佐人の同意を要する行為の範囲の拡張の審判(民法第1 3 条第2 項)
④ 補助開始の審判(民法第1 5 条第1 項)
⑤ 補助人の同意権の付与の審判(民法第1 7 条第1 項)
⑥ 保佐人の代理権の付与の審判(民法第8 7 6 条の4 第1 項)
⑦ 補助人の代理権の付与の審判(民法第8 7 6 条の9 第1 項)


民法(明治29 年法律第89 号)(抄)
第7 条 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。

 

第11 条 精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人、後見監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、保佐開始の審判をすることができる。ただし、第七条に規定する原因がある者については、この限りでない。


第13 条 被保佐人が次に掲げる行為をするには、その保佐人の同意を得なければならない。ただし、第九条ただし書に規定する行為については、この限りでない。
一 元本を領収し、又は利用すること。
二 借財又は保証をすること。
三 不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること。
四 訴訟行為をすること。
五 贈与、和解又は仲裁合意(仲裁法 (平成15年法律第138号)第2条第1項 に規定する仲裁合意いう。)をすること。
六 相続の承認若しくは放棄又は遺産の分割をすること。
七 贈与の申込みを拒絶し、遺贈を放棄し、負担付贈与の申込みを承諾し、又は負担付遺贈を承認すること。
八 新築、改築、増築又は大修繕をすること。
九 第602 条に定める期間を超える賃貸借をすること。
2 家庭裁判所は、第11条本文に規定する者又は保佐人若しくは保佐監督人の請求により、被保佐人が前項各号に掲げる行為以外の行為をする場合であってもその保佐人の同意を得なければならない旨の審判をすることができる。ただし、第9条ただし書に規定する行為については、この限りでない。
3 保佐人の同意を得なければならない行為について、保佐人が被保佐人の利益を害するおそれがないにもかかわらず同意をしないときは、家庭裁判所は、被保佐人の請求により、保佐人の同意に代わる許可を与えることができる。
4 保佐人の同意を得なければならない行為であって、その同意又はこれに代わる許可を得ないでしたものは、取り消すことができる。


第15 条 精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者については、家庭裁判所は、本人、配偶者四親等内の親族、後見人、後見監督人、保佐人、保佐監督人又は検察官の請求により、補助開始の審判をすることができる。ただし、第7条又は第11条本文に規定する原因がある者については、この限りでない。


第17 条 家庭裁判所は、第15条第1項本文に規定する者又は補助人若しくは補助監督人の請求により、被補助人が特定の法律行為をするにはその補助人の同意を得なければならない旨の審判をすることができる。ただし、その審判によりその同意を得なければならないものとすることができる行為は、第13条第1項に規定する行為の一部に限る。


第876 条の4 家庭裁判所は、第11条本文に掲げる者又は保佐人若しくは保佐監督人の請求によって、被保佐人のために特定の法律行為について保佐人に代理権を付与する旨の審判をすることができる。
2 本人以外の者の請求によって前項の審判をするには、本人の同意がなければならない。
3 家庭裁判所は、第1項に掲げる者の請求によって、同項の審判の全部又は一部を取り消すことができる。


第876 条の9 家庭裁判所は、第14 条第1 項本文に掲げる者又は補助人若しくは補助監督人の請求によって、被補助人のために特定の法律行為について補助人に代理権を付与する旨の審判をすることができる。
2 第876 条の4 第2 項及び第3 項の規定は、前項の審判について準用する。
 

成年後見制度と市町村長申立ての意義と根拠


「民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律による
老人福祉法、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律及び知的障害者福祉法の一部改正について」(抄)
平成12 年3 月30 日
障障第11 号・障精第21 号・老計第13 号
各都道府県・指定都市・中核市民生主管部(局)長宛
厚生省大臣官房障害保健福祉部障害福祉課長
厚生省大臣官房障害保健福祉部精神保健福祉課長通知
厚生省老人保健福祉局老人福祉計画課長

 

1 市町村における成年後見開始の申立事務について
成年後見制度は、私法上の法律関係を規律するものであり、本人、配偶者、四親等内の親族等の当事者による申立に基づく利用に委ねることが基本となるが、判断能力が不十分な認知症高齢者、精神障がい者及び知的障がい者のうち、身寄りがない場合など当事者による申立が期待できない状況にあるものについて、当事者による審判の請求を補完し、成年後見制度の利用を確保するため、これらの者に対する相談、援助等のサービス提供の過程において、その実情を把握しうる立場にある市町村長に対し、審判の請求権を付与することとしたものである。

 

 

2 市町村長の審判の請求における留意事項等について
(1 ) 申立書について
申立書について、家庭裁判所で用いられる書式例(別添3 )を参考までに添付する。なお、実際の申立てに当たっては、その提出先が後見・保佐・補助の開始の審判を受ける者の住所地を管轄する家庭裁判所であることから、記載方法等については、管轄の家庭裁判所に確認されたい。
(2 ) 成年後見人等の候補者について
申立てに当たっては、適当な成年後見人等の候補者がある場合には、これを申立書に記載することが望ましいが、家庭裁判所は、成年後見人等の選任に当たって、成年被後見人等の心身の状態並びに生活及び財産の状況、成年後見人等となる者の職業及び経歴並びに成年被後見人等との利害関係の有無 成年後見人等となる者が法人であるときは、その事業の種類及び内容並びにその法人及びその代表者と成年被後見人等との利害関係の有無成年被後見人等の意見その他一切の事情を考慮しなければならないこととされている。

(改正後の民法第8 4 3 条第4項、第8 7 6 条の2 第2 項及び第8 7 6 条の7 第2 項)
市町村長の審判の請求の際に成年後見人等の候補者を申立書に記載する場合、例えば、認知症高齢者、精神障がい者及び知的障がい者のうち、社会福祉施設に入所しているものについては、当該施設の施設長や当該施設を経営する法人を成年後見人等とすることは本人にとって利益相反に当たる可能性があることに留意すること。