高齢者虐待防止の理解


高齢者虐待の定義と要因

高齢期には心身の機能の低下が進み、その結果自立度が低下し、家族や施設の介護者に身の回りの世話を依存することが多くなります。介護の必要度が進むと、高齢者の自尊感情を損なう、あるいは介護者と被介護者の関係の中で、放置や無視、心身の加害行為に至ることもあります。
また、認知症が進行した場合などには介護負担は一層増大するとともに、高齢者は自分の資産や家計を管理することが困難になり、資産や金銭を騙し取られるなどの被害にあうこともあります。
世界的な高齢者の権利擁護の流れの中で、国際高齢者年の1991 年12 月16 日に、国連総会は「高齢者のための国連原則」を含む決議を採択しました。各国政府は自国のプログラムに本原則を組み入れることが奨励されています。そのなかで、「高齢者は 尊厳及び保障を持って、肉体的・精神的虐待から解放された生活を送ることができるべきである。」と謳われています。
わが国と同様に人口の高齢化が進んでいる米国や英国においては、1970 年代から高齢者虐待に関心がもたれ、米国においては各州での「成人保護サービス(AdultProtective Service )」の制定を経て、1992 年に連邦議会において「米国高齢者法(Older Americans Act)」が成立しました。

(2) 高齢者の虐待に対するわが国における取組みの経緯

高齢期になって介護や療養が必要になっても、可能な限り長く住み慣れた自宅に住み続けたい、と多くの人々が希望しています。わが国では、伝統的に家族が高齢者を介護することが当然のこととされてきました。

このような価値観のもとでは、家族介護者は高齢者の介護を限界まで引き受けるという状況も少なからず見られました。介護保険法が施行され、その利用が普及して、このような状況が緩和された面もありますが、高齢者の介護を家族に期待するところが大きいことは、依然として変わりません。
世帯規模の縮小に伴う家族介護者の減少、介護力の低下、介護保険制度の普及によるケアマネジャーや訪問看護師の家庭状況の把握などにより、家族介護者による高齢者の虐待の問題が、わが国でも急速に表面化し、対策が必要とされるようになってきました。
90 年代半ばからいくつかの研究グループ、団体等による実態調査が行われ、高齢者虐待について警告提言が行われてきました。そして、2003 年には、医療経済研究・社会保健福祉協会が厚生労働省の補助金を受けて、「家庭内における高齢者虐待に関する調査」が実施され、横須賀市や金沢市でのモデル事業も実施されて、全国の自治体での取組みが広がりました。同年、日本高齢者虐待防止学会が設立されました。

(3)高齢者虐待防止法の制定と高齢者虐待の定義

これらの流れを受けて、高齢者虐待防止のための法律の制定が必要であるとの社会的な認識が高まり、2005 年11 月、議員立法により「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」が、公布され、2006 年4 月から施行されることになりました。

 

(4)この法律によると、高齢者虐待の定義は次のとおりです。

 (高齢者虐待防止法第2条)
この法律において「高齢者」とは、65歳以上の者を言う。
2 この法律において「養護者」とは、高齢者を現に養護する者であって、養介護施設従事者

 (第5項第一号の施設の業務に従事する者及び同ニ号の事業において業務に従事する者を

 言う。以下同じ。)以外のものをいう。
3 この法律において「高齢者虐待」とは、養護者による高齢者虐待及び養介護施設従事者等

 による高齢者虐待を言う。
4 この法律において「養護者による高齢者虐待」とは、次のいずれかに該当する行為をいう。
 一 養護者がその養護する高齢者について行う次に掲げる行為
 イ 高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
 ロ 高齢者を衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置、養護者以外の同居人によるイ、 

  ハ又はニに掲げる行為と同様の行為の放置等養護を著しく怠ること。
 ハ 高齢者に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の高齢者に著しい心理的外傷を

  与える言動を行うこと。
ニ 高齢者にわいせつな行為をすること又は高齢者をしてわいせつな行為をさせること。
二 養護者又は高齢者の親族が当該高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から

 不当に財産上の利益を得ること。
5 この法律において「養介護施設従事者等による高齢者虐待」とは、養介護施設に入所し、

 その他養介護施設を利用する高齢者について行う次に掲げる行為
4のイからニ及び高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の

 利益を得ること

   

※なお、虐待の一種である「自虐」(「セルフネグレクト」)は、自分自身の健康や安全性を損なうような行為(自身の身体を傷つける、服薬を拒否するなど)を指すもので、諸外国における虐待の定義では含まれる場合もありますが、本法律の範囲には含まれていません。

 

 

(5)高齢者虐待の要因(背景)

虐待の発生要因として、「虐待者の性格や人格」あるいは「高齢者と虐待者のこれまでの人間関係」が多く見られます。それ以外に「高齢者の性格や人格」、「介護疲れ」、

「高齢者の痴呆による言動の混乱」も少なくありません。
「介護等に伴う精神的不安定」、「介護疲れ」、「介護が精神的・身体的に苦痛」、

「介護ストレス、不安」、「家族・親族の無理解・無関心」などの介護負担に関連する要因、「人間関係の不和」、「過去の人間関係」、「介護者の性格・精神障害」、などの被介護者と介護者の性格、関係に関連する要因あるいは「就労関係」、「金品の搾取」など経済的要因などが上位を占めています。
複雑な要因が相互に関連して虐待に至っているので、単独の職種・機関のみで解決できる問題は少なく、医療機関、地域包括支援センター、行政の福祉担当課、在宅介護支援センター、警察、民生委員、ソーシャルワーカー、保健師、ケアマネジャー、訪問看護師、弁護士など多くの機関、職種と市民がネットワークを作って、連携した対応を図ることが不可欠です。

 

(6)虐待の種類

身体的虐待:暴力的行為などで、身体に傷やアザ、痛みを与える行為や、外部との接触を

       意図的、継続的に遮断する行為
● 心理的虐待:脅しや侮辱などの言語や威圧的な態度、無視、嫌がらせ等によって精神的、

       情緒的に苦痛を与えること。
性的 虐待:本人との間で合意が形成されていない、あらゆる形態の性的な行為または

       その強要
● 経済的虐待:本人の合意なしに財産や金銭を使用し、本人の希望する金銭の使用を理由なく

       制限すること       
 介護・世話の放棄・放任:意図的であるか結果的であるかを問わず、介護や生活の世話を

       行っている家族が、その提供を放棄または放任し、高齢者の生活環境や、

       高齢者自身の身体・精神的状態を悪化させていること。

 

※虐待の種類と影響の強さにより、緊急に被害者の保護が必要か、または少し時間をかけて家族や他の社会資源につなぐのか、あるいは介護者の疾患や家族の経済的問題に対処する必要があるかなど、緊急性と解決方法は広範囲にわたります。